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前回の日記についてちょこちょこと、『英国私掠協会とはどんなものだったのか?』という質問を頂くようになった。何分3年近く遡る古い話、思い出すのにそれなりの努力が要る。

やや記憶が曖昧なところもあるが、それがどういう経緯で誕生しかけ、あえなく潰えたのかを語ろうと思う。
2005年の暮れのことだ。当時、大海戦は今とシステムが異なり、1国対2国といった図式が成立した。イングランドに積極的に味方する国はなく、常に戦力不足での交戦を強いられていた。
当然ながら目も当てられぬような大敗続き。絶望したものが幾人も他国へと亡命していった。
イングランドの王宮会議参加者にとっては危機感募る状況であったわけだね。

今と比較すると活動的な海賊も多数いた。東地中海がまだ危険海域であり、駆け出し~中堅の冒険者にとっては難儀な時代であっただろう。海賊が活発に動いているということは、これに対する対抗勢力もまた生まれるのは必然であり、例えば『弐号機』や『紅玉りん』といった海賊狩りで名を成した軍人も現れた。

イングランド籍の海賊には赤ネームが多数存在した。無差別と目されるわけだが、最初から自国を積極的に狩るモノは俺が知る限りひとりだけだった。上に名前を挙げた『弐号機』や『紅玉りん』はイングランドの白ネームであったわけだが、彼らはイングランド籍のオレンジネームをも狙った。

海賊という奴はまあやられて黙っているような気性の奴は少ないわけで、当然やられたらやり返そうとする。ところが相手がイングランド籍となると、当然赤ネームになる。海賊本人としては報復を行っただけという意識なのだが赤ネームになると世間の目が猛烈に厳しくなる。アイツは無差別だ、裏切り者だ、と言われるわけだ。畜生、最初に狙ってきた奴こそ裏切り者じゃないのか、と憤慨した私掠海賊はそうくるならばと開き直って本当の無差別海賊化する。そういった悪循環が起きていた。イングランドの海事事情は大変なカオス状態だったわけだ。

そういった状況の中、ある男が(名は例によって伏せるが、便宜上『ゲルググ』とする)一つの構想をぶち上げた。イングランド海賊を一つにまとめ、この戦力をもって王宮会議と連携し重要港の哨戒や敵性勢力の排除を行う組織を設立しようと。

『英国私掠協会』はこういった時代のなかで生まれようとしていた。
その理念や目的といった部分は続きで語るとしよう。



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