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冒険レベル51まで@2000。ここまで来たら後は勢いでなんとか52までやれそうである。

約2週間余り密林生活を送っているのだが、ほとんど補給に戻らずに採集専念できているのは、友人たちの支援のお陰。この場を借りて、重ねて御礼申し上げます。
最近は好意に甘えっぱなしで心苦しいのですが、いずれ俺に出来るかたちでお返しをしたいと思いますのでどうぞ気長にお待ち下さい。

さて表題の件だが、採集で取れる樹皮と交換でピザを上陸地点の奥まで届けてくれる他国の友人がいる。彼女と知り合った縁がまた奇妙なものだった。

最近アガラス湾で仕事している最中に出会ったのだが、俺がまだ駆け出しのバーバリアンガレー乗りで、ポルトガルの海賊『維新志士』とつるんで東地中海を荒らしていた時代のことを知っていると言う。(ちなみにこの『維新志士』、最近知ったのだがEurosサーバで元気にやっているそうだ)

彼女は言う。
『昔貴方に東地中海で襲われたのです。あの時の海賊がRP海賊に転向するとは思いませんでしたよ』
そうだな、東地中海できっかけを得なければ今のスタイルは多分無かったと俺も思う。

当時は名前に色は付かず、人物情報を見るまでは相手が賞金首とは分からなかった。また交戦時にお馴染のドーナツがまだ無く、いきなり白兵状態から交戦可能だったんだ。
更に恐ろしいことに港前の青ゾーンが存在しなかった。出航直後の無敵時間が終わったらそこで拿捕されてしまうという、今思えば商人、冒険者にとっては地獄の時代。
ガレーの瞬発力から出航直後の商船が逃れられる訳が無かった。『ガレーを見たら盗人と思え』とはこの頃に出来た格言。

ある日、いつものようにアテネ=カンディア間の島影に潜んで通りかかった船を襲った。既に十数回は拿捕に成功しており手馴れたものだ。無言で忍び寄りシルエットが重なったところでいきなり交戦、拿捕といった流れ。

収穫を手にしその場を離れようとした俺にその獲物は言った。
『名乗りすら上げられない甲斐性無しか』
『それは失礼した。次からは名乗りを上げるようにするよ』

特段深く考えずに返した言葉。

次の獲物から襲うときに名乗りを上げようとして、キータイプがついてこれずに断念。数度のトライを行ったがもたもたタイプしているうちに逃げられたり落ちられたり。いきなり重ねると会話にならないことに気付いたので交戦前に話しかけてみたり、あの手この手を試すがどうも上手くない。

だが、つまらないとは思わなかった。たまに相手の反応が返ってくることがあり、それが妙に新鮮で楽しかったのだ。

ある時、初めてインドに渡った。戦闘キャラックでアラビア海、紅海を経由しながら沿岸沿いに向かったのだが、道中重ガレーの海賊に2度も遭遇し、大変しんどい思いをしたことを覚えている。このときのエピソードでも一話書けそうなくらいだ。(苦笑)

やっとの思いでたどり着いたカリカット前で、当時Zephyrosサーバでその名を知らぬものは無い程に有名だったイスパニア海賊が仕事をしているのを目撃した。

『金だしなー』
ちょっと離れた位置から仕掛け、話しかけながら接近していく。程なく接舷されるであろう。商船の運命も極まったと思いきや、

『助けてー』
『交渉OK?』
『okok、助けてー』
『よし、金と積荷を差し出せ』

伝説のイスパ海賊@重ガレーは撤退、洋上で取引という流れになったのである。

ああ、これでいいのだなと理解した。凝ったことは言わなくてもかまわない。相手が投げ返しやすい球を投げれば戻ってくるのだ。

やりたいことはゲームを始めたときから決まっている。そのスタイルも定まり、手法もヒントを得た。

以後もまあ色んなことを経験した。伝説のイスパ海賊を1:1で破ったことで酒場で噂になった腕利き、当時最強の呼び名も高かったポルトガル軍人『磯野家の当主』と対決して完膚無きまでに叩きのめされその場で弟子入りしたこともある。俺の戦闘技術の土台は彼から学んだものだ。

あれやこれやとあって今の俺があるんだという、そんな昔話。
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